このたび,仮説実験授業研究会の舟橋春彦さん,小林眞理子さんらの尽力により,板倉聖宣先生の仮説実験授業に関する初期論文の英訳本が京都大学学術出版会およびTrans pacific pressの共同出版として刊行された。
その宣伝も兼ねて,今年(2019年)1月に英国バーミンガム大学で開催された英国科学教育協会(ASE,Association for Science Education)の年会に舟橋さん,小林さんらとともに参加してきた。
ASE年会初日の基調講演で紹介されていた問題の一つは,1960年代に発表された仮説実験授業の古典的な授業書《浮力と密度》にある問題と全く同じだった(写真)。しかし先行研究として仮説実験授業への言及はない。仮説実験授業の理論・授業書は日本語でしか発表されてこなかったので,英語圏ではまったく認知されていない。1980年以降,仮説実験授業と類似の問題や認識論は,英語圏で独立に”新発見”として報じられているが,そんなわけで,仮説実験授業は先行研究として全く認知されていない(詳しくは,拙論文仮説実験授業の理論と,1980年以降の英米における”新しい物理教育研究”(物理教育 52 巻 (2004) 2 号,pp.133-139)参照)。
1960年代に仮説実験授業が提唱された当時,「科学概念を学んでいない生徒・児童に予想を立てさせるなんてとんでもない」という意見が教育学者の間では主流で,「子どもたちの認識は白紙ではないなんて,ありえない」という反発が多かったそうである。しかし現在では欧米から輸入される形で仮説実験授業と同様の「予想―実験」をベースとした授業理論が日本でも主流となりつつある。
実際に,海外に行ってこのような発表を見ると,「すでに50年前に仮説実験授業研究会では同じ問題意識で議論を重ねているのだが」と大変残念に感じ,「この英訳本が少なくともあと20年早く出版されていれば」という悔しい思いにもかられた。しかしとりあえずは,ようやく仮説実験授業の基礎文献が英訳出版されたことを喜びたい。