高校時代の思い出

 勤務先の高校の「学年新聞“エール”」に「高校1年の思い出」を書け,と言われて,4年ほど前に書いた文章である。本当になんてことない雑文である。でも,確かに高1の頃,紙飛行機を飛ばしまくった時期があった。今は,転落事故を恐れてか,高校の校舎の屋上は施錠されているのが普通であるが,当時は屋上は授業をサボったり,昼休みに何となく行き場がなかったときのたまり場だったのである。

 なんか,あののんびりした日常をちょっと思い出した。ひるがえって,今の高校は生徒も先生も余裕がないような気がする。たんなるノスタルジーかも知れないが。

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 今朝,会議室で隣席に鎮座する学年主任から,「高校一年の思い出でもなんでもいいからエールの原稿を書け」という,脅迫じゃなくて命令,じゃなくて依頼……を受けた。受けたからには書かねばと思うのだが,「なんでもいい」といわれるとかえって何も書けなくなってしまうものである。

 そこで,「なんでもいい」の枕にあった「高校一年の思い出」を思い出そうと必死になった。しかし,高校一年の時に自分が何をしていたのか,考えていたのか,まるで思い出せない。たぶん,何も考えていなかったに違いない。そこで,このまま原稿を書かずに明日の朝は,「おはようございます!」と何もなかったようにサワヤカに挨拶して,ばっくれようと考えた。しかし,そのときの学年主任のおっかない……じゃなくて悲しい顔を想像したらつらくなって,必死に思い出すと,……やっとひとつだけ,思い出したことがある。

 ……確か高校一年のある時期だったと思うのだが,紙飛行機にえらくこった時期があった。といっても,設計図を引いたり,高級な紙を使用したのではない。担任から配られた連絡用の文書やら,授業で配布された印刷物を片端からテキトーに折って紙飛行機にして,とにかく飛ばしてみるのである。廊下で試験飛行をして,できのいい機体が出来上がると屋上に出かけて飛ばしていた。

 友人と二人で毎日昼休みや放課後に,屋上から紙飛行機を飛ばしていた。廊下での試験飛行でなかなかの飛行性能を記録した機体も,屋上から発射すると数メートルであえなく墜落する機体ばかりで,数週間もすると隣接した低い木造校舎の屋根は僕たちの紙飛行機でいっぱいになってしまった。よく,教師に見つかってどやされなかったものである。それ以前に,それは保護者に渡したり,授業で使用する大事な印刷物だったのではないか。大丈夫だったのだろうか?

 そんなある日,おそろしくすばらしい飛行性能を記録する機体があった。その紙飛行機はうまく気流に乗ったのか,すいすい飛行を続け高校の敷地を出て,隣接した大学のグラウンドも通過し,さらに大学の校舎も越えて,遙か遠くに見えなくなった。

 その機体の勇姿が忘れられなくて,さらに僕たちは夢中になって,毎昼休み,毎放課後に紙飛行機を飛ばしていた。しかし,その後の紙飛行機はやはり,たいした記録も出すことなく,木造校舎の屋根を埋め尽くしていった。そしてしばらくすると,僕たちは飽きてしまった。おそらく紙飛行機に夢中になったのは一ヶ月くらいだったと思うのだが,なぜあんなに夢中になったのか,今考えると本当におバカな高校生だったと思う。

 それがきっかけで航空工学に関心を持ち,僕たちは理工系の大学に進学した……というのなら,かっこいいのだが,まったくそんなことはなく,紙飛行機は僕たちの人生に何の影響ももたらさなかった。

 ……この文章をここまで書き終えて読み返したら,1年の廊下や窓の外が紙飛行機だらけになったり,保護者にエールが届かなくなったりするんじゃないかと心配になってきた。それ以前に,こんな教訓もオチもない原稿がエールに採用されるのだろうか?しかしもし,ネタに困った学年主任が掲載して,この文章が皆さんの目に触れることになったとしても,決してまねをしないでほしい。もしそんなことになったりしたら,私が怒られる,……じゃなくて,学年主任が悲しい顔をするので心が痛む。