低空にある月が,気味悪いくらい大きく見えることがある。
よくある説明が,「天頂近くにある月は,まわりに比較対象がないために小さく見え,地平線近くの月は建造物などと比較するために大きく見える」というものだ。これは「ポンゾ錯視」というらしい。
しかし,たとえば高度の高い月をビルの谷間から眺めたり,物体を目の前において眺めて見ても,月が大きく見えるようにはならない。逆に地平線に建造物がほとんど見えない見晴らしのいい状態でも,月が気味悪いくらい大きく見えることがある。
そこで,この説明には私はずっと納得がいかなかった。しかし,数年前に説得力のある(と,私には思える)説にであった。
我々の脳は見た目の大きさ(視直径)だけで物体の大きさを判定しているのではない。たとえば,遠くにある山よりも,目の前においたお菓子の方が,視覚的には大きく見える。
だからといって,私たちはこのお菓子が山よりも巨大だとは思わない。物体までの距離をもとに脳が自動的に補正しているのだ。
その一方で脳は,天空をドームのような形状だと無意識に想定しているらしい。しかもその想定されたドームは半球ではなく,扁平している。横幅の方が天頂(天井)の高さよりもずっと長いドームだ。ちょうど東京ドームのような形状である。
そこで,天頂(天井)付近にいる月よりも,地平線近くにある月の方が,ずっと遠く(ドームの端)にあると,脳は認識してしまう。そのため,「ものすごく遠くであの大きさで見える低空の月は,天頂付近にいる月よりずっと巨大なんだ」と錯覚してしまうのだ。
この説が,どこまで実験的に確証を得ているものなのか,今のところ私は知らない。でも,ポンゾ錯視よりは説得力があるように私には思える。
私はこの説を,数年前,勤務先で英語の試験監督をしていたときに,出題されていた英文に書かれていたのを読んで知った。試験後に英語の教師に尋ねたところ,教科書(三省堂New Crownの当時の版)に載っていた文章だとのことで,指導書のコピーをくれた。それによると,出典はRobert L. Wolke What Einstein told his Barber の ”Fool Moon”というエッセイである。
今回,このエントリーを書くにあたって,amazonで調べたら,このWhat Einstein told his Barberのkindle版が出ていたので購入してみた。第5章Heavens above!の中に該当の文章を見つけることが出来た。
(余談)
ところで,今回知ったのだが,kindleってページ数が表記されないのだった(表記されるものもあるらしい)。紙の本と違って,デバイスによって表示される量が違うかららしい。そのかわり位置No.というのが表示されていて,これがページ数がわりになっている(それによるとFool Moonは位置No.2255のあたり)。でも,今後学術文献などでkindle本を引用する場合はどうしたらいいのだろうか。kindle版しかないならまだしも,紙書籍版と両方ある場合はどうするのかなぁ。